《わかった気・わかる》と《安全・安心》
《わかった気》というのは心理的な状態を指し、実効的な《わかる》とは区別して使われているだろう。プレゼン資料のレビューで、「わかった気にさせればいいんだ」などと不埒なアドバイスをされることがあるのは、この現れだ。
心理的な《わかった気》は、必要とされる《わかる》を阻害する。心地よい《わかった気》をぶち壊すことが、ひとを《わかる》に向かわせるツールの親切さだと思う。
同じことが《安全・安心》でも言える。
安全と安心の関係は「家が安全だと安心して眠れる」というものだが、心理的な安心は身の安全を脅かす。安全・安心が対で、よく標語に使われるようになったが、標語に設定する側も、このことは踏まえているようだ:
(3) 心構えを持ち合わせた安心
完全に安心した状態は逆に油断を招き、いざというときの危険性が高いと考えられる。よって、人々が完全に安心する状態ではなく、安全についてよく理解し、いざというときの心構えを忘れず、それが保たれている状態こそ、安心が実現しているといえる。
「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書
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