2008年8月 4日 (月)

新しい道を新車で走ろう

「新しい道を新車で走ろう」が、わたしのデザインポリシーです。

「新しい道」とは新しい応用分野などをさします。この話をするときに、この「応用分野」について、基本的な認識の違いを感じることがあります。

こんなイラストを描いてみます。偏角θ方向にアプリケーションの種類、動系r方向に、そのアプリケーションの成熟度をプロットします。

円が扇形で埋め尽くされている図ひょっとして、このように思われているのかもしれません。各アプリケーションの成熟度rにはばらつきがあるものの、アプリケーションの種類θ方向はほとんど埋まって飽和しかけていて、新しいアプリケーションの可能性はほとんどない、と。

円内に置かれた各扇は狭く、円には空きがおおい図わたしのイメージはこうです。アプリケーションの種類θ方向の分布はすかすかで、まだまだ未開拓だ、というものです。「新しい道」とは、このスカの部分を開拓することを指します。

そこで、CrossConceptのようなアプリケーションの意義はこうなります。

前者のイメージではこうでしょう。CrossConceptは、飽和しかかったアプリケーション市場の隙間を突くものだ、と。

わたしのイメージはこうです。CrossConceptは、そこに未開の地があることを示す旗のようなものです。

ざっと、こんな感じ。

2007年12月14日 (金)

《わかった気・わかる》と《安全・安心》

《わかった気》というのは心理的な状態を指し、実効的な《わかる》とは区別して使われているだろう。プレゼン資料のレビューで、「わかった気にさせればいいんだ」などと不埒なアドバイスをされることがあるのは、この現れだ。

心理的な《わかった気》は、必要とされる《わかる》を阻害する。心地よい《わかった気》をぶち壊すことが、ひとを《わかる》に向かわせるツールの親切さだと思う。

同じことが《安全・安心》でも言える。

安全と安心の関係は「家が安全だと安心して眠れる」というものだが、心理的な安心は身の安全を脅かす。安全・安心が対で、よく標語に使われるようになったが、標語に設定する側も、このことは踏まえているようだ:

(3) 心構えを持ち合わせた安心

完全に安心した状態は逆に油断を招き、いざというときの危険性が高いと考えられる。よって、人々が完全に安心する状態ではなく、安全についてよく理解し、いざというときの心構えを忘れず、それが保たれている状態こそ、安心が実現しているといえる。

「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」報告書

このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。

2007年6月12日 (火)

今年、2007年、平成19年

今年、2007年は、あとから振り返ったときに、記念すべき年となるでしょう。…ソフトウェアの神様が降りてきたよう。

このページは xfy Blog Editor を利用して作成したぜっ!

2007年5月20日 (日)

道具を設計しよう: CrossConceptと自然言語処理

CrossConceptを例に、「道具を設計しよう、エージェントの前に」を、もう少し説明してみます。…CrossConceptがだいぶできてきたので、ここぞとばかりに(^^ゞ…

CrossConceptの手法が馴染んでくると、どんな自然言語処理が欲しくなるでしょう?

まずは、セルを自動的に埋めてくれる機能が欲しくなるのでは?例えば…

検索: クロス検索(?)

行・列それぞれの見出しを検索語・検索文として、AND検索して該当するセルに件数を表示します。

実際、こういう検索をする製品が既にありますね。

このような検索機能をいきなり提示するよりも、CrossConceptのような手法が定着してから、この手法を前提にする、あるいは支援するものとして、このような検索機能を提示する方がよいと、私は思います。

なぜなら、CrossConcept手法を適用するという目的があるので、どのような検索をすればよいか具体的なチューニングが可能だからです。

CrossConceptがなければ、分析ができますとしか言えませんでした。

要約: リスト要約

自動要約生成機能は、通常は要約を段落にまとめようとしますね。そうではなくて、リストにまとめたらどうでしょう?

ここでも、CrossConceptを適用するという目的があるので、リスト型要約の性能、というか品質を、より具体的に定義できます。例えば、リストがイコライザーとして機能すればよい。単語の羅列でもよい。リストの各項目が、クラスター化されたキーワードでよい。一方で、日本語として自然化?といった、文章としての品質は必ずしも高くなくてよい。

考える手法で使う道具

道具を設計するということは、その道具を使って何かを達成する、その手法を採用する、発見する、創造する、確立することになります。そのあとで、その手法のある部分を自動化しようとする方が、道具を経ずにいきなり、その何かを自動的に達成しようと取り組むよりも、役に立つものを作れるのではないか?と言いたいのです。


しまった、公開するのを忘れていた orz (2007-06-15)

このページは xfy Blog Editor を利用して作成したぜっ!

発言に迷彩を施す

CrossConceptは、他人の意見にかみ合うように自分の発言を構成する助けになる。当面は、そこを理解してもらうことが目標だけれども、まだその先があります。

かみ合わせる助けになるなら、かみ合わせない助けにもなる。ネットの掲示板を想像してみてください。

かみ合わせると、かみ合わせた相手の意見と強く結びついて見えるので、どの議論の流れ - スレッド - に乗っているのかという文脈を、読者に勝手に想起させる効果がある、…であろう。

他人の意見の他人とは複数いて、意見は複数ある。CrossConceptは自分の発言を複数の意見とつきあわせることができるので、あの人の意見にはかみ合わせずに、この人の意見にかみ合わせるということを、意図的におこなう助けになる、…だろう。

また、かみ合わせて賛成の発言を構成したり、かみ合わせて反対の発言を構成したりできる。賛成のふりも、反対のふりも、だ。

そういうことを組み合わせて、大勢の目、あるいは議論相手の目から自分の意図を隠しつつ発言する。その助けになる、…なってしまう…のではないか、CrossConceptは。

これは婉曲とは異なります。婉曲表現は、特定の相手に対して自分の意図が伝わることを最終目的とするが、迷彩発言は、特定の相手に自分の意図が伝わらないこと、自分というものを隠すことを主目的としている。

…バーチャルな情報をリアル環境に重ねることによって人物などを社会的に透明化する方法をここでは「社会的迷彩」(social camouflage)とよんでおきたい。

…いままで「図」として社会的に認知されていた物や人物が、何らかのバーチャル情報を重ねられることにより、「地」となり社会的に透明化するのである。…

…自分以外の人にとって重要な「自分について」のバーチャル情報を自分に重ねない限り自分自身の「社会的迷彩」は不可能であり、それを知ることは容易なことではない…

「第12章 メディア社会の未来 - 社会的迷彩」富田英典
富田英典、南田勝也、辻泉、2007、
「デジタルメディア・トレーニング - 情報化時代の社会学的思考法」有斐閣。

…というか、第12章しか、まだ読んでません m(_ _)m

このページは xfy Blog Editor を利用してMacBookで作成したぜっ!

2007年5月14日 (月)

Discussion ware

Discussion wareとは、意見を戦わせることを支援するソフトウェアのことです。従来の、特に電子会議システムやグループウェア(Groupware)、ナレッジマネジメント(Knowledge management)システムが共有を目指したのに対して、意見を戦わせることそのものを支援するものです。

これは、例えばCrossConceptをIM(Instant Messenger)に組み込んだものが該当します。ただその場にいて、面と向かって話すだけよりも、IM + CrossConceptや、プロジェクタでCrossConceptを表示しながら話した方が、会議の質と効率があがる、そういう道具のことです。

今夜か明日の晩には、CrossConceptのリストを編集できる版をリリースします。

このページは xfy Blog Editor を利用してMacBookで作成したぜっ!

2007年4月 4日 (水)

道具を設計しよう

エージェントではなくて。野心があるなら。ITの技術者、デザイナー、製品企画者には。それは、こういう意味です。

道具をデザインするということは、それを使うスキルと使い心地もあわせて設計することだ。このスキルがリテラシーとなり、使い心地が充実感となり、それらが文化となったときに、世の中が変わっているかもしれない。

エージェントにはその力はない。エージェントは、既成の文化を前提とするからこそ、人に代わって、ボタン一つで自動的に仕事をすることができる。エージェントは、どんなに優れていても、世の中を変えない。

スキルと言っても、誰がどんなときに、どんな使い方をするという、使いこなしレベルでよい。リビングにはフラットで奥行きのあるソファを置いて、眠くなったらそのまま横になって寝られるようにしたい、といったこと。

使う人のスキルや使い心地を思いをはせたい。だから、道具の設計なのです。

このページは xfy Blog Editor R4 を利用して作成したぜっ!

続きを読む "道具を設計しよう" »

2007年3月25日 (日)

ドキュメントフォーマットはXHTMLでしょ

XMLを推したいがために、HTMLを悪く言い過ぎたのではないかと、XML普及を担ったものの一人として反省したのが約1年前。以下、HTMLとXHTMLをごっちゃにして言いますが…。

HTMLは、こんなに使われていて、互換性の高い文書フォーマットなのに、なぜか放置されています。チャンスなんですよ。

いま、もっとも件数の多い文書フォーマットはHTMLではないでしょうか?、Microsoft Word(あるいはOOXML、Office Open XML)ではなく、ODF(Open Document Format)でもなく、一太郎でもなく。どなたかデータを持っていませんか?

また、もっとも互換性の高い文書フォーマットはHTMLではないでしょうか?。互換性が高いとは、互換性の高い使い方が浸透してきたという意味です。モダンブラウザの標準準拠性が高まりました。標準に準拠したページが増え、XHTMLのページも増えました。スタイル(CSS)を利用して「論理構造とレイアウト指定を分ける」という概念が、Wordユーザーよりも広く理解されているのではないでしょうか、特にWeb制作の現場で。互換性の高いページを作成するためのTipsや、互換性を損なわずにクールなページにするノウハウも流通しています。

しかし、なぜか、ある意味で放置されています。これはWordや一太郎が進化してきた方向への進化、という意味でです。機能を高めることでシェアを奪おうとしてきた、その機能の方向性において、HTMLは放置されてきたと思います。つまり、HTMLではシェア争いは終わっています、データフォーマットそのもののシェア争いは。

「いやいや、シェア争いはあったでしょう (^^;」。はい、ありました。しかし方向が異なった。それは、互換性の意味を考えると見えてくるのではないでしょうか。

Wordと一太郎間の互換性とは、ひとことで言えば「重ねて透かしてみてずれない」ということです。一方、HTMLではそのようなレイアウト保存性は求めらていません。HTMLにおいて互換性、というより標準が意識されるのは、SEO対策、Webアプリの信頼性、アクセシビリティといった、もっとダイナミックな活用局面においてです。

HTMLは、Word、ODFや一太郎とは別の次元に向けて走ってきた。その結果、もっとも使われて、互換性も高まった、と見ます。

ほらね、ドキュメントフォーマットはXHTMLでしょう。

わたしは、いろいろツールを作っていますが、どれもXHTMLをベースにしています。XHTMLを入力してXHTMを出力します。それは、ここで書いたように思っているからです。

このページは xfy Blog Editor R4を利用して、MacBookで作成したぜぃっ!

2007年3月11日 (日)

昔、オフィススイートってあったなぁ…

誰かがふっとこう思ったとき、それが達成宣言。

オフィススイート(Office Suite)という呼ばれている概念:

  • ワープロ(word processor)、表計算(spreadsheet)を中心に、
  • プレゼン、データベース、グラフィックスなどを加えるという粒度・構成で、
  • 「データ形式の選択 = 機能の選択」という常識を定着させてしまった。

これををぶち壊すこと。

このページは xfy Blog Editor を利用して作成したぜっ!

2007年2月27日 (火)

ヽ(^o^ )丿

おめでとう!

このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。